AIで採用工数を月200時間削減 kubellが実践する「人とAIの役割分担」

採用現場は常に忙しく、本質的な仕事、やるべき仕事、緊急ではないが重要な仕事になかなか着手できない。多くの採用組織が抱える課題に、AI活用で正面から向き合った企業があります。

 

国内最大級のビジネスチャット「Chatwork」や、バックオフィス業務をアウトソースできるBPaaSサービス「タクシタ」などを提供する株式会社kubell(クベル)。同社では、採用業務を徹底的に分解し、GeminiやClaudeといった生成AIツールを組み合わせることで、月間約200時間の工数削減を実現しました。kubellにおける業務自動化は、全社的なAI推進のもとエンジニアが活用をリードするだけでなく、現場の人事メンバー自らも主導的な担い手として推進しています。

 

同社でピープルディビジョン副ディビジョン長を務め、採用・育成・人事制度から広報・ブランディングまでを統括する澤井翔輝氏に、業務分解の思想からツール選定の経緯、全社展開の進め方、AI時代の人事組織が目指す姿までを伺いました。

 

「業務の切り分け」が出発点

採用組織が抱えていた課題

kubellが採用組織でAI活用を推し進めた背景には、採用組織を取り巻く構造変化がありました。外部環境の変化に伴って採用の難易度は上がり続け、事業の成長に伴って採用における目標人数も増えています。一方で、人事・採用チームの人数は簡単には増えません。kubellでは、リクルーター1人あたりの採用人数が約3倍に増加しました。また母集団形成から戦略設計、広報連携まで採用業務も複雑化し、現場が疲弊しやすい構造になっていました。この課題を解消する必要があった、というのがAI活用の出発点です。

 

「忙しい」のに、何が忙しいか説明できない

澤井氏は、AI活用に取り組む起点は効率化のアイディアそのものよりも、現場への問いかけだったと振り返ります。AIを使って採用業務を効率化したいと考え、まず「そもそもなぜこんなに忙しいのか」を突き止めようとしました。リクルーター1人あたりの採用人数を踏まえれば現場がきつくなっていることは理解していた一方で、忙しさの正体を明快には説明できなかったのです。

 

澤井氏が気づいたのは、AIツール導入の前に解くべき問題があるということでした。「AIを使おう」と号令をかけるだけでは、現場は何から手をつければよいか分かりません。AIを使うアイディアを考えるよりも、抱えている業務の可視化・分解・取捨選択・役割設計を考える必要がありました。最初に取り組んだことはオペレーションマネジメントや組織設計に近かったといいます。

 

「創意工夫の要否」で線を引く

澤井氏は、リクルーターの業務を可視化したうえで、業務を2つの軸で整理しました。軸の1つめは母集団形成~見極め~動機づけ~内定承諾~入社という採用業務の流れ。もう1つの軸は業務の属性です。

 

業務の属性については、それぞれの業務を「オペレーティブに淡々とおこなうもの」と「個別に向き合って考えるべきもの」の2つに分けて捉えました。たとえば面談を通じた動機づけは、候補者が何を求め、自社としてどう活躍してほしいのか、入社後にどんなキャリアや機会が待っているのかを一つひとつ考える仕事です。こうした創意工夫を要する業務を「コンサルティング」と定義。一方、書類作成や会議室・面接の予約、請求書のやり取りといった淡々と進める業務は「オペレーション」と定義して切り分けました。

 

こうして、「忙しさ」の内訳を分解し、採用コンサルティング業務と採用オペレーション業務に区分することで、AIに任せられる仕事が見えてきました。
採用に限らず、多くの現場では「忙しさ」が感覚的に語られがちです。いきなりAI活用のアイディアを考えるのではなく、「忙しさ」を業務の流れと属性で因数分解した点に、kubellの取り組みの再現性があります。

 

AIに任せる領域、人が担う領域

効率化より「捨てる」を先に置く

効率化より「捨てる」を先に置く

 

kubellは、AI活用を段階的なアプローチで進めています。①業務の可視化、②業務の分解と役割の再定義、③取捨選択(やらなくていい業務を捨てる)、④AI・自動化による効率化、⑤自律的な改善文化の醸成、という5ステップです。

 

澤井氏はこの順番を守ることが重要だと強調します。効率化(ステップ4)から考え始めると、「不要な業務を高速化するだけ」になってしまいます。AIで効率化しようとする前に「この業務は本当に必要か」を問い、慣習的な作業や重複確認、不要なリマインド等を棚卸しする。「捨てる→残す→自動化する」の順で進めることで、「本当に必要な業務」に対して、効果的にAI等を活用できます。

 

AIが得意なこと、人がやるべきこと

役割設計の前提として、澤井氏はまず「AIが得意なこと」を定義しました。AIが非常に得意なのは、情報を収集し、多くの情報を分析・整理し、最終的に文章や表、スライドといった形に整えて出力するといった領域です。

 

一方で、その前後に人間の仕事が残ります。何を調査させ、どんな問いを投げかけるか。また、出てきたものをそのまま使うのではなく、解釈して取捨選択し、意思を込める。澤井氏は、「問いを投げかける」こと、「解釈・意思決定すること」は人間、「収集・分析・整理して答えを出す」ことはAI、と整理しました。

 

リクルーターが担う3つの役割

そのうえで澤井氏は、リクルーターが担うべき仕事は3つだと定義しました。

 

1つ目は「問いを投げかける」。たとえば母集団形成にあたり、求める人材が世の中にどれくらいいるのか、競合と比べてkubellが持つ候補者に響くポイントは何かといった問いを設定し、AIに調査させる。問いの起点は人間にしか作れません。

 

2つ目は「意思を込める」。澤井氏は、自社の事業戦略を例に挙げます。kubellは、自社でITツールやAIを使いこなすことが難しい中小企業に対し、業務そのものを引き受けて成果をお返しする「BPaaS(Buisiness Process as a Service)」を提供しています。このように中小企業を主な対象にするのは、理屈だけで考えれば非効率な戦略とも言えます。1社あたりのLTVが大きい大手企業を対象にするほうが、一般的なビジネスモデルとしては合理的だからです。

 

それでもkubellが中小企業に向き合うのは、明確な意思があるからだと澤井氏は語ります。他社がアプローチしないためにDXが進めづらく、苦労している中小企業が日本には数多くある。だからこそ、中小企業に貢献することが社会貢献につながると確信しているのです。

 

AIは基本的に合理的な方法を考えます。AIに『戦略を考えて』と依頼したら、kubellの戦略はまず出てこないはずだと言います。一見非効率な戦略に意思を込めて実行する。また込められた意思を正しく伝え、理解する。これは人間にしかできません。

 

3つ目は「感情に配慮して伝える」。意思を込めた内容を相手の表情や感情を見ながら届けていく。澤井氏はこれを「エモーショナル」「フィジカル」な領域と呼び、人間にしかできない仕事だと位置づけます。

 

役割を絞ったことで生まれた変化

問いを投げかけ、意思を込め、感情に配慮して伝える。リクルーターの仕事を3つに絞ったことで、採用現場には明確な変化が表れたといいます。

 

澤井氏は他社の人事担当者と話す中で、自社の戦略を深く理解し、意思を込めて語れる人事は貴重な存在だと感じています。そんな中、kubellのリクルーターは全員が意思を持って自社の戦略や競合との違いを語れる。これが大きな特徴だといいます。

 

結果として、採用市場で希少なハイレイヤー人材やスペシャリストの採用も進んでいます。戦略を語れる人事・リクルーターがいることで、事業レベルのテーマを考えられる候補者に、自社の魅力をきちんと伝えられるのです。

 

AI活用は「効率化」が注目されがちですが、それは手段にすぎません。kubellの場合、人間にしかできない仕事をきちんと定義し、効率化で生まれた時間を「候補者に魅力を伝える力の強化」という本質的な業務に還元している点がポイントです。

 

月200時間削減の内訳

澤井氏にはAI活用による業務時間の削減効果を、中途採用領域における具体的な数字とともに説明いただきました。

 

月200時間削減の内訳

 

ミスが生じやすい「書類作成」

まず書類作成業務です。エージェントとの人材紹介契約書、内定通知書、雇用契約書、入社前の業務委託契約書まで、月間およそ60枚を作成・チェック。金額設定に法則性はありますが、以前は1件ずつコピー&ペーストし、電卓で計算していました。作成に5分、チェックに2〜3分かかるうえ、手作業ゆえに宛名の取り違えなどのミスも発生し、差し戻しや作り直しが生じる。これらで月10〜12時間ほどを費やしていたといいます。

 

最大のインパクト「面接日程調整」

最もインパクトが大きかったのは面接の日程調整です。日程調整は単純に見えて、実際はいくつもの変数が絡む業務です。

 

中途採用では、候補者との間にはエージェントが入ることも多く、エージェント側も複数の会社を候補者に紹介していて、優先順位があります。結果として、候補者が出した面接日程より少ない選択肢しか自社に伝えられないこともあります。候補者がハイレイヤーになれば、面接官も役員クラスとなり、時間を押さえにくい。さらに「子供のお迎えがあるので不可」「外部ミーティングを調整中なので入れないでほしい」「1on1は重ねていい/重ねないでほしい」といった個別事情も生じます。

 

候補者から2〜3候補、役員からも2〜3候補しか出ない中での日程調整は難易度が高くなります。過去にSaaSツールを導入したものの、機械的になりすぎて細かな判断ができず、結局手作業に戻ってしまったといいます。1件あたり約20分、月間で約80件の面接をしており、日程調整だけで月26〜27時間を要していました。

 

地味ながら大きい「録画データ管理」

最後に、面接の録画データ管理です。同社は候補者の許諾を得たうえで面接を録画・保存しています。ツールの仕様上、データはカレンダー作成者のフォルダに入り、社内共有や蓄積には手作業が必要でした。

 

ローカルにダウンロードし、ファイル名を変更し、全社フォルダを作成し、候補者の職種やポジションに応じて異なるアクセス権を設定してアップロードする。1件あたり10分ほどの作業ですが、80件あると月13時間ほどかかっていたといいます。

 

合計200時間の削減効果

合計200時間の削減効果

 

前述の3業務に加えて、各種スライド作成に約20時間、採用広報のイベント動画・画像・求人票の生成などに約20時間。すべて合計すると中途採用で約100時間。同様の業務を新卒採用でも行っているため、両組織あわせて約200時間になります。

 

これらの業務時間が、AI等を使った自動化により削減されました。「何に時間がかかっているのか」を一つひとつ可視化したからこそ、削減のインパクトも明確に数字で示せるといいます。

 

リクルーターの役割はどう変わったか

AI導入の前後で、リクルーターの働き方はどう変化したのか。澤井氏の答えは「すごく端的に言うと、デスクにいる時間が圧倒的に減りました」とのことでした。営業の仕事が顧客の要望に合わせて自社のサービスや物を販売することだとすれば、リクルーターは会社自体を商品として、候補者に合わせて魅力を届けていく仕事です。だからこそ、パソコンに向かうより、候補者やエージェント、各事業の担当者に実際に会うことが大切です。

 

200時間を削減した結果として、デスクで作業する時間が減り、人と会い、ミーティングや電話をする時間が明らかに増えたといいます。意図した通り、採用オペレーション業務は圧縮され、本来時間を費やすべき対話や戦略、採用コンサルティング業務へとリソースがシフトされました。

 

AIツールの選定と変遷

「Google完結」で始めた合理性

kubellでは当初、GeminiとGoogle Apps Script(GAS)を軸にしたAI活用を進めました。大きな理由は、すでに会社でGoogle Workspaceを契約していたことです。AIのモデル学習に使われない安全な環境や、適切な権限設定により人事情報等を扱いやすいこと、そして追加コストなしでGeminiを使える点が決め手だったといいます。

 

メールはGmail、表計算はGoogleスプレッドシート、資料はGoogleスライド、日程調整はGoogleカレンダー、データ格納はGoogle Drive。業務をすべてGoogleのサービスで完結させているため、同じGoogleのサービスであるGASは相性が抜群でした。非エンジニアのオペレーション担当者がGeminiに日本語で指示してGASを自力で実装することで、自動化の8〜9割が実現したといいます。ツール固有のUIや概念を覚える必要がなく、メンテナンスコストも低い。スプレッドシートを情報の起点に据えることで、ルールベースの自動処理とAIのアウトプットに対する人によるチェックを一元管理できることも利点でした。

 

GASの限界とClaude導入

GASによる効率化が進む中で、澤井氏は2つの限界を感じたといいます。

 

1つ目は、GoogleサービスのUI・UXへの限界です。たとえば、スプレッドシートはマス目に文字を入れる形、カレンダーは一件ずつ予定を調べる形です。しかし使う側にとっては、表がずらりと並ぶよりも、入力フォームでプルダウンから選べるほうがミスが減ります。こうした点を踏まえて、「ユーザーフレンドリーなウェブアプリを作りたい」と考えた時、Googleの既存サービスだけでは限界がありました。ここにClaudeCodeを活用できる余地がありました。

 

2つ目は、複数の作業がつながっていく際に自動化できる限界です。面接の日程調整とカレンダー作成、面接の録画・格納、合否判定、内定通知書の生成といった一連の採用プロセスを自動化した中で、GASとGoogleWorkspaceだけでは途中で人が介在しなければならない箇所が残りました。しかし、ClaudeのCowork機能を使えば、面接終了後に動画を自動格納するなど、一定の条件で作業と作業をつなげられます。

 

そこで、Claudeを導入し、ClaudeCodeやCoworkの活用を進めることで、もう一段上の自動化・効率化を進めました。ただしClaudeを導入したといっても、GeminiとGASをやめたわけではありません。視認性の高いアプリを作りたいときはClaude Code、作業を自動でつなげたいときはCowork、Googleサービス内で簡単に作業を自動化したいときはGemini × GAS、と状況に応じて使い分けています。またn8nなどのワークフローツールも併用するなど、業務特性に応じて最適なものを選んで使っています。

 

Claude全社導入と浸透

全社AIプロジェクト「kube-AI」の取り組み

2026年3月下旬頃、Claudeの「Cowork」機能などが登場し世間で大きな話題となる中、kubellでは役員からの提案をきっかけに、従来のGeminiに加えてClaudeの全社導入を決定しました。

 

kubellではそれ以前から、全社で挑むAI変革プロジェクト「kube-AI(くべあい)」を推進しており、Claude導入もその一環となります。AIを単なる業務効率化ツールではなく「組織のOS」と位置づけ、CEOを最終オーナーとして各ディビジョンから担当をアサインし、全社横断体制でAI活用を推進するプロジェクトです。AI活用を個人スキルや部署単位で終わらせず、組織の生産性・市場価値へ転換することを狙っています。

 

この全社的なAI推進の流れにおいて、ひとつの先行事例となったのが人事・採用チームです。採用チームではすでにGASやGeminiの活用を先行していたため、新ツールの使い分けや、作成したプログラムの共有・管理体制の構築がスムーズであり、チーム内でのClaudeの実践と定着をスピーディーに進めることができました。

 

ADKARモデルに基づく体系的な浸透設計

ADKARモデルに基づく体系的な浸透設計

 

全社的に展開が進む「kube-AI」プロジェクトの特徴は、AI定着を感覚論ではなく「組織変革」として体系的に進めている点です。kubellは変革管理のフレームワークであるADKARモデル(認知・欲求・知識・能力・定着)に沿って施策を設計しています。経営陣からの発信や他社事例によって、「現状維持に対する危機感」や「AI活用の必要性」の認識を醸成し(認知)、組織目標や評価・任用条件と連動させる(欲求)。そして、ガイドラインやノウハウを横断共有し(知識)、部署別のハンズオン支援を行い(能力)、モニタリングや社内アワード・賞賛で継続強化する(定着)という流れです。

 

澤井氏に、非エンジニアが多い組織でAI活用を浸透させたポイントをいくつか紹介していただきました。

 

1つ目は敷居を下げること。Geminiは全社で使えるようにし、Claudeは一定の活用基準を満たした社員に対して配布しています。

 

2つ目は、非開発職向けの自習コンテンツ「スターターキット」の配布です。解説動画やセットアップ手順の説明動画など、世の中にある良質な教材を実践前に必ず視聴してもらう形で社内に配りました。

 

3つ目は社内での活用事例の収集と横展開で、全社参加の月次会議「kubell-ba(くべるば)」で活用事例を共有。さらに、AI活用者へのアワードや報奨を設け、事例を紹介した人には勉強会も開催してもらう仕組みを整えました。

 

kubell-baでの活用事例

 

こうした全社浸透に向けた施策の効果を測るため、kubellでは独自の「AI活用スキルレベル(Level 1〜5)」を定義し、利用率などのデータをもとに進捗を定点観測しています。

 

しかし、データによる管理だけで人は動きません。全社展開を本当に成功させるためにkubellが徹底したのは、社員の熱量を引き出す「称賛する」取り組みと、自発性を促す「仕組みづくり」でした。

 

「やってみた人を称賛する」「横展開の仕組みを作る」という設計は、AI活用に限らず、新しい取り組みを組織に根づかせる際の普遍的なヒントにもなりそうです。

 

非エンジニアによる内製化とリスクヘッジ

非エンジニアにAIツールを展開するうえで、セキュリティや保守性のリスクヘッジはどうしているのか。澤井氏に、ツールごとの設計を説明いただきました。

 

Geminiは、もともと投入データがAIにモデル学習されない閉じた環境になっていることに加えて、人事情報なども扱えるようにGoogleWorkspaceの権限設計を使って管理者がセキュリティ面を整備しました。

 

Claudeは、チームプランの機能を活用し、セキュリティチームやエンジニアと協力して安全な利用環境を整えました。データの学習防止やプラグインの制限、禁止プロンプトの制御、アプリの公開ルールなどを設定として読み込ませることで、誤った操作やセキュリティインシデントが起こらないようにしています。

 

もちろん、こうした体制を築くまでの過程で、例えば採用チームでの導入などでは、つまずきもありました。非エンジニアによるGASのコード生成は一発で完璧にいくわけではなく細かいチューニングが必要だったり、テスト段階でのダミー予定の誤送信といったミスから、現場に不安が生じる場面もあったといいます。

 

こうした実体験があるからこそ、澤井氏はAI活用においてガバナンスや権限管理、品質管理の設計は欠かせないものであり、AI活用を個人スキルで終わらせず、仕組みとして組織資産化することこそが重要だと捉えています。

 

非エンジニアに展開するからこそ、個人の注意力に頼るのではなく、ツール側の設定で守りを固める。この発想が、kubellにおける全社展開を支えています。

 

どうやってAI活用を進めるか?

まず「手を空ける」という逆説

AI活用を一部のスキルの高い人だけで終わらせない。そのためにkubellの採用組織がおこなったのは「まず手を空ける」というアプローチでした。業務をコンサルティングとオペレーションに分けても、「両方やってください」では結局回らない。そこで、まずはオペレーション業務を派遣社員の方へ移管し、リクルーターの負荷を軽減しました。

 

ここに澤井氏ならではの洞察があります。人は自分の業務を「効率化して」と言われても「自分の手でやったほうが早い」と抵抗しがちです。しかし、それが人に任せる業務になると口を出しやすい。派遣社員の方にオペレーション業務を渡すことで、まずリクルーターの工数を空ける、かつ人に任せる業務にする。そのうえで「もっとオペレーション業務を効率化できないか?」と問うと、Geminiを使った改善アイディアがどんどん出てくる。そうしたアイディアを現場に導入していくことで、AI活用を現場に展開し、派遣社員の方の業務をさらに軽減させていったといいます。

 

自分の仕事だと「自分がやったほうが早い」と思っていた業務も、一度人に渡すことで改善の視点が生まれる。この手法で組織内にAI活用を拡げていきました。

 

心理的安全性のもとで「作業を剥がす」

全社への展開も同じステップで進めたといいます。AIをうまく使えず多忙な人から、作業を剥がして余裕を作ったうえで、その人に「渡した作業をもっと効率化できないか?」と問いを投げる。すると「改善アイディアが出てくる」という流れです。

 

上手く進捗させるポイントは、心理的安全性を担保した状態で行うことだといいます。互いに攻撃し合うのではなく、良いアイディアを称え、助け合う雰囲気で進めることで、AIを触らない人を着実に減らしたといいます。この姿勢は、同社が掲げる4つのValueのひとつ「Playful Challenge(遊び心を持ってチャレンジ)」とも重なります。テスト時のミスを責めず、挑戦を賞賛する文化が、現場の自律的な改善を支えてきました。

 

あえて作業を剥がし、生みだした余裕の中で自分が手放した作業の非効率を発見してもらう。多くの企業では「AI活用を進める」と旗を掲げても、社員は業務に追われて学んだり試したりする余裕がありません。「まず手を空ける」というアプローチは、AI浸透のボトルネックを的確に解除する形になっています。

 

人とAIを統合的に捉える人事へ

「CHRO×AI」の潮流

「CHRO×AI」の潮流

 

最後に、AI推進がCTOやエンジニアだけでなく、CHROや人事責任者にまたがるテーマになりつつある潮流について尋ねました。澤井氏は、「人とAIを切り離して考える時代ではない」と語ります。

 

SansanはCAXO(最高AI変革責任者)を新設し、取締役兼CHROの大間祐太氏が就任。AX(AIトランスフォーメーション)を全社横断で統括し、生産性向上だけでなく組織カルチャー構築や収益創造を牽引する役割を担っています。またメルカリでCTOの木村俊也氏がCHRO兼CAIOに就任したことは大きなニュースにもなりました。

 

澤井氏は、これからは人件費とAIツールの利用費を総合して考える時代だといいます。ある作業を時給2,000円の人に任せるのがいいのか、トークンコスト500円を払ってAIにやってもらうのがいいのか、部署や業務の特性を踏まえて判断する。同時に、分析は得意でも創意工夫は不得手というAIの特性を踏まえ、「ここは人を入れるべき」という判断もある。人とAIの両面を見ながら組織や制度、仕組みを作ることが求められます。

 

これまでの人事は、人をどう動機づけ、評価し、配置するかを考えてきました。これからは、AI前提で採用・評価・育成・配置・組織を再設計し、この業務は人とAIのどちらが行うべきか判断し、両者がどう協働すべきかをトータルで担う役割へと変わる必要がある。人事こそAI時代の「組織OS」を設計する立場にある、というのが澤井氏の見立てです。

 

kubellでは、CEO山本氏が経営全体を統括する立場であり、エンジニア出身であることから技術への理解も深くあります。CHROという役職こそ置いていないものの、技術・AIを理解しながら人を理解する体制は十分に整っているのです。Sansanやメルカリの就任ニュースのような形ではなくとも、人とAIの両面を見る体制づくりに本気で取り組み、先進的な事例になりたいと澤井氏は展望を語ります。

 

AIに任せるのは「収集・分析・整理」。人が担うのは「問いを立て、意思を込め、感情に配慮して伝える」こと。役割分担の思想は、採用にとどまらず、AI時代のあらゆる組織が向き合うテーマと言えます。AI活用はツール導入ではなく組織設計そのものである。業務を可視化し、分解し、捨て、残った業務をAIで再設計すれば、非開発職でも組織を変えられる。澤井氏の言葉は、これからの人事組織が担うべき役割を示唆しているかもしれません。

 

取材協力

澤井 翔輝氏
株式会社kubell(クベル)
ピープルディビジョン 副ディビジョン長
澤井 翔輝氏
NTTドコモ、エス・エム・エス、BASEで営業・事業責任を歴任し、早稲田大学大学院でMBAを取得。kubellでは、BPaaS戦略を推進する上で初めてのM&Aとなる、株式会社ミナジン(2025年7月をもって株式会社kubellパートナーと経営統合)のPMI・事業責任者としてBPaaS事業を成長させた。現在はピープルディビジョン副ディビジョン長として採用・育成・人事制度・広報・ブランディングを統括する。
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