積水化学が挑む「挑戦する風土」の醸成 従業員の行動変容を促す効果的なアプローチとは

積水化学工業株式会社では、イノベーションの源泉である「人材」に着目し、従業員一人ひとりが自ら“挑戦”したくなる風土・環境づくりに注力しています。決して容易ではない組織改革の実現に向け、同社はどのようなアプローチを採っているのでしょうか。また、その取り組みを加速させるポイントはどこにあるのでしょうか。

 

今回は、同社の取締役執行役員であり人事部長を務める村上和也氏と、企業向けに採用支援や教育研修事業を展開する株式会社ジェイック執行役員の谷中拓生氏による対談を通じて、実像に迫ります。(以下敬称略)

 

個人のアイデアを形にする制度「C.O.B.U.」“際立つ人材”がイノベーションを生み出す

谷中 御社では「挑戦できる風土づくり」を推進するとともに、イノベーションの源泉となる人材を「際立つ人材」と定義し、スペシャリティ職(S職)の導入など、専門性を高める施策にも注力されています。はじめに、一連の取り組みの背景や狙いについてお聞かせください。

 

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村上 当社は従来より、挑戦を奨励する社風であったと認識していますが、2020年に先代社長が就任した際、長期ビジョン「Vision2030」において「従業員一人ひとりの挑戦で活力あふれるいい会社を目指す」とのメッセージを発信しました。これを受け、人事制度についても見直しを進め、従来の年功序列の色合いが比較的強い日本型の仕組みから転換し、2022年には管理職を対象に役割型人事制度を導入しました。

 

この役割型人事制度は、担う役割に応じて報酬を設定する仕組みです。経営幹部から新任管理職までの役割を明確にすることで、特に若手社員が自身のキャリアを具体的かつ主体的に描けるようにすることを狙いとしています。

 

当社では「際立つ人材」という表現を用いてきました。加工業である当社は、原材料そのものではなく、製品に機能という付加価値をつけて提供しています。そしてその付加価値を生み出す源泉は、際立つ人材にほかならず、従業員一人ひとりに、この際立ちを持ってほしいと考えています。

 

例えば、高度な専門性を持つ研究者・技術者の評価・処遇を強化する目的でスペシャリティ職を導入しています。この数年は「際立つ人材」が挑戦し、成長していくために、さまざまな人材施策を展開してきました。

 

谷中 御社は従業員の挑戦を後押しする仕組みとして、社内起業制度「C.O.B.U.アクセラレーター」を導入されています。この制度を作られた背景や内容をお聞かせください。

 

村上 約3年前に、新規事業創出を担う新事業推進部内にイノベーション推進グループを立ち上げました。「C.O.B.U(.Community Of Brave Unicorns)」は、このグループが開始した取り組みで、名称には「勇気を持って一歩踏み出すコミュニティ」という意味を込めています。

 

「C.O.B.U.」の具体的な仕組みは、最初に従業員から新規事業のアイデアを募集し、約100件の応募の中から書類審査で有望なテーマを選抜します。通過した約20テーマはステージ1として、約3カ月間の仮説検証フェーズに進みます。その後、ピッチ審査を経て選ばれた5テーマがステージ2の顧客検証へ進み、最終ピッチで1テーマを決定します。選ばれた起案者は所属部署からイノベーション推進グループへ異動し、1年間かけて事業化に取り組みます。

 

「C.O.B.U.」は、優れたアイデアと自身が実行することへの覚悟があれば、誰でも手を挙げて事業創出に挑戦できる仕組みです。加えて、プロセスや結果はすべて社内に公開しており、どのようなテーマに誰が挑戦しているのかをオープンにしています。結果的に、他の従業員にとっても挑戦の具体像が共有され、「自分も挑戦したい」と思えるきっかけになっています。

 

谷中 アイデアの提案者が実際にイノベーション推進グループへ異動する点は、大きな特徴ですね。

 

村上 、必ずしも提案者と実行主体が同一である必要はありません。しかし社内で議論を重ねる中で、挑戦できる機会があるのであれば、手を挙げた本人に最後までやり切ってもらうべきだという考えに至りました。このように、「C.O.B.U.」の活動を通して、事業創出と人材育成を結びつけています。

 

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谷中 御社は「従業員は社会からお預かりした貴重な財産」という人材理念を掲げておられます。こうした考え方が浸透しているからこそ、「C.O.B.U.」のように部署を越えた挑戦が受け入れられているのでしょうか。

 

村上 「社会からお預かりした財産」という表現は、かつて人事部門の先輩が使い始めた言葉です。当時はやや大げさにも感じましたが、人的資本という考え方が広がる中で、非常に本質を捉えた言葉だと実感しています。従業員一人ひとりの人生に目を向けた時、非常に多くの貴重な時間を会社に預けていただいているとも言えます。

 

だからこそ、取り組む業務が本人の自己実現にもつながる状態をつくることが重要だと考えています。

 

挑戦のプロセスを加点評価することで一人ひとりのマインドや行動様式を変える

谷中 単に人事制度を刷新するのとは異なり、組織に風土を根付かせるのは、容易なことではありませんよね。

 

村上 おっしゃる通りです。人事制度の枠組みを構築するだけであれば、経営側の意思決定である程度は実現できます。一方で、従業員一人ひとりに「挑戦しよう!」と思い、実際に行動をとってもらうことは容易ではなく、時間も要します。しかし従業員の行動様式を変えるために、粘り強くさまざまな機会を活用し、挑戦を奨励し続けてきました。

 

谷中 行動様式を変えるために、具体的にはどのような取り組みをされたのでしょうか。

 

村上 最初に、「挑戦=全く新しいことをする」だけではない、という点を明確にしました。

 

取り組み当初は、従業員から「いきなり挑戦しろと言われても難しい」「自分は定常業務が多いので対象外だ」といった声もありましたが、定常業務の工夫や改善で、効率や品質が大きく高まるケースは多くあります。日々の工夫も挑戦だというメッセージを、社長や各事業部のトップから継続的に発信してもらいました。

 

加えて、挑戦を後押しするために、評価制度も見直しています。業績評価の中に新たに挑戦行動に関する項目を設け、上司との面談で挑戦度合いを確認しています。具体的な評価は、結果の成否ではなくプロセスに着目し、『挑戦していれば加点』、『未達でも減点はしない』運用としました。こうしたプロセス重視の評価制度を通じて、「挑戦すれば評価される」という認識が、徐々に社内へ浸透していきました。

 

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谷中 従業員の皆さんにとっては、「どうすれば評価されるのか」「何をすればどのくらい報酬に反映されるのか」といった、制度そのものへの関心は高いですよね。一方で、制度の仕組みを正しく理解してもらうためには、制度の背景にある思想や理念をきちんと伝えることが欠かせないでしょう。

 

昨今はタウンホールミーティングなどを行う企業も増えていますが、新しい文化の浸透・定着には、トップだけでなく現場のマネージャーが繰り返しメッセージを発信し続けることが重要だと感じます。そのため、制度改革だけに頼るのではなく、複合的な仕掛けを積み重ねていかなければ、風土はなかなか変わっていかないのでしょうね。

 

村上 当社もこれまでは、人事部門の取り組みを従業員にオープンにする機会があまりありませんでした。そこで今後は、社内への情報発信をさらに強化していきたいと考えています。現在はコーポレートコミュニケーション部が社内イントラにWEBグループ報「SW!TCH」というチャンネルを設け、さまざまなニュースを発信していますが、人事の施策やメッセージについても、「SW!TCH」を活用し、これまで以上に積極的に伝えていくつもりです。

 

管理職に求められる意識改革部下との価値観のギャップをいかに埋めるか

谷中 挑戦の文化を醸成するためには、現場マネージャーの役割も非常に重要ですね。特に若い世代は、仕事に対する価値観や向き合い方が変化しているため、そのギャップを埋めるという意味でも、マネージャー自身の意識改革が必要だと感じます。

 

村上 おっしゃる通りです。組織の力を高めていくためには、マネジメントの質を常に向上させるべく、時代に合わせてアップデートしていくことが不可欠です。

 

私も含め、多くの管理職は昭和から平成にかけてのマネジメントスタイルが身に染みついていますが、従来のマネジメントが現在の若い世代にそのまま通用するとは限りません。仕事に対する価値観は多様化しており、部下一人ひとりと向き合いながらマネジメントすることはますます難しくなっています。だからこそ、これまで以上に管理職の強化に取り組んでいく必要があると考えています。

 

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谷中 最近は多くの企業様から、50代前後のミドル層の管理職が、若手とのコミュニケーションに悩まれているという声をよく伺います。実際、当社にもマネジメントに関するご相談が年々増えており、一つのトレンドになっています。御社では、どのような管理職育成のお取組みをされているのでしょうか。

 

村上 当社では人的資本に関する重点KPIとして「挑戦行動発現度」を設定し、アンケートを通じて定期的に測定しています。加えて毎年、エンゲージメントサーベイを実施しており、その結果が組織の責任者それぞれにフィードバックされます。

 

人事部の場合は私のもとにアンケートの結果が届きますが、自由記述欄に記載されている上司(私)の印象を見ると、自分自身はオープンにコミュニケーションしているつもりでも、「時々、怖そうな表情でパソコンを見ていて声をかけづらい」といったコメントが寄せられるなど、自分の認識と周囲からの見え方にギャップがあるケースは少なくありません。特に同じ立場が続くほど、周囲からどう見られているのか、気づきにくくなりますよね。

 

このように、エンゲージメントサーベイや多面観察の結果を通じて気づきを促し、管理職の意識改革につなげていく取り組みを進めています。

 

谷中 あるアンケート調査によると、管理職に求められる役割は、この10年でトップダウン型からボトムアップ型へ大きくシフトしているそうです。一方で、多くの管理職がマネジメントの潮流を理解しながらも、「具体的にどのような行動を部下に対して取ればよいのか分からない」と戸惑っている実態も見えてきました。特に、部下のマネジメントを担いながら、自らもチャレンジを続けるという両立は難しいですよね。

 

村上 当社の管理職にも、マネジメントに戸惑っている人は一定数います。特にプレイヤーとして成果を出してきた人は、自身の成功体験にしばられるが故に、今の組織に適したマネジメントに切り替えられないのかもしれません。管理職には役割が明確に変わっていることを認識してもらい、同時に部下に挑戦してもらえる環境をつくりましょう、と伝え続けています。

 

谷中 継続的な発信は大事ですよね。昨今は、どうしても管理職に負荷が集中しやすい構造になりがちなため、管理職自身の立ち位置が定まらない一因だと感じます。だからこそ、会社には管理職の負担を軽減していくための手腕が問われます。

 

例えば、管理職の権限委譲は有効な打ち手の一つでしょう。自身の負荷を抑えつつ、部下にとっては挑戦の機会が広がっていくはずです。

 

ここまでお話を伺ってきましたが、一連の取り組みを進めるうえで、村上様ご自身が人事として心がけてこられたことがあれば、最後にぜひお聞かせください。

 

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村上 日頃から心がけているのは、できるだけ人事部門がタコツボ化しないことです。人事部門の役割は各社各様ですが、自分たちの常識が、必ずしも世の中の常識とは限りませんから。そのため、社外の人事の方々や、人事部門以外のネットワークからヒントを得ることを大切にしています。

 

加えて、若い世代がどのような考えを持っているのか、常にアンテナを張り、学び続けることです。変化の激しい時代では、経験値の多さが必ずしも正解に直結するわけではありません。若い人たちの多様な価値観を参考にしながら、経営が目指す戦略の実現に向け、今何が最も合理的かを考え続けることが、人事部門として重要だと考えています。

 

谷中 人事の方々とお話ししていると、皆さん共通の課題に直面されています。一方で、その課題を自社の中だけで抱え込み、孤立してしまっているケースもよく見受けられるので、ネットワークをつくって外に出ていくことは非常に有効だと思います。ジェイックとしても、そうしたつながりの場をより多く提供していければと考えています。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。

 

プロフィール

村上 和也氏
積水化学工業株式会社 取締役 執行役員 人事部長
村上 和也氏
1989年積水化学工業株式会社に入社。高機能プラスチックスカンパニー人材開発部長など人事部門を中心に管理部門の業務に携わり、グローバル施策とマネジメントに豊富な経験を有する。この経験を活かし、2020年より人事部長として人事制度改革とダイバーシティ経営推進において力強いリーダーシップを発揮し、組織風土づくりと従業員エンゲージメント向上に取り組む。2021年に取締役就任以降、人事制度改革や健康経営に取り組んでいる。

谷中 拓生氏
株式会社ジェイック 執行役員 Human Growth Division副部長
谷中 拓生氏
立命館大学経済学部卒業後、2006年にジェイックに入社。2015年に営業カレッジ(現:就職カレッジ®)西日本事業部長に就任し、営業戦略を推進。その後、経営企画部にてゼネラルマネージャーを務め、2018年には経営企画本部長として全社戦略を指揮。同年、執行役員、翌年には取締役として経営企画をリードし、同社をIPO。2023年には株式会社Kakedasおよび株式会社キャンパスサポートの監査役にも就任し、複数の企業でガバナンス強化に貢献。2025年より教育事業部(現:HumanGrowthDivision)副部長就任。

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