昨今、IT業界を中心として「エバンジェリスト」という職種が注目されています。
比較的新しい職種であるため、エバンジェリストという言葉は聞いたことがあっても、「いったいどのような職種なのだろう?」「営業や広報とは何が違うのだろう?」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。
記事では、エバンジェリストの定義や仕事内容、企業にとっての必要性等を解説していきます。IT以外の業界でも、自社の製品やサービスをより広く普及させるうえで、参考になることがあるかと思います。
<目次>
エバンジェリストとは?
まずは、エバンジェリストという職種の概要や「営業」や「広報」との違いを確認しておきましょう。
エバンジェリストの役割
「エバンジェリスト(evangelist)」は、IT業界で注目されている新しい職種で、もともとはキリスト教の「伝道者」を指す言葉です。そこから転じて、複雑で理解が難しい最新のテクノロジー、自社のビジョンやコンセプトをユーザーにわかりやすく説明する職種を指すようになりました。
1980年代、まだパソコンが今ほどには普及していなかった時代に、アップル社は自宅におけるパソコン利用の必要性を訴えようと考えました。そして、「テクニカルエバンジェリスト」のポストを設け、IT業界と関わりのない一般の人々に向けて、新しい習慣を導入するよう働きかけました。
また、同じ時期に、マイクロソフトでもエバンジェリストのポストが設置されます。これらの動きをきっかけとして、エバンジェリストという職種が次第に広く知られるようになっていきました。日本でもマイクロソフト等のIT業界を中心に2000年代からエバンジェリストという職種が広く知られるようになってきました。
エバンジェリストと「営業」や「広報」の違い
営業職や広報職とエバンジェリストとの違いはどこにあるのでしょうか。まず営業職は基本的に1対1で見込顧客を相手にするのに対して、エバンジェリストは不特定多数に自社のコンセプトや技術を解説し、啓蒙を図るのが任務です。
上記の点においては、エバンジェリストとは「広報」に近いところもあります。ただ、広報は主にプレスリリースやメディアを通じて世の中に認知やブランドを広げていきますが、エバンジェリストは自分自身の言葉を通じて啓蒙していくことが大きな特徴です。
また、一般的な営業職や広報職のように自社のみに有利になるように行動するのではなく、もう少し中立な立場に立っていることもエバンジェリストが持つ特徴です。自社の製品やサービスの良さを伝えるだけでなく、分野全体を盛り上げていく、商品・サービスの組み合わせによって作り出される世界観を伝えていくようなミッションも持っています。
エバンジェリストの役割と仕事内容
次に、エバンジェリストの主な仕事内容を具体的にご紹介します。
イベント等で、自社製品やサービスの技術等をプレゼンテーション
自社の新製品発表会やイベント、業界でのカンファレンス等、さまざまな場でプレゼンテーションを行ない、自社の製品やサービス、世界観を紹介していくことはエバンジェリストにとって、最も大切な仕事です。
例えば、アップル社の故スティーブ・ジョブズCEOによる「ipod」「iPhone」のプレゼンテーションは、多くの人の印象に残っているかと思います。ジョブズ氏がプレゼンターとして果たしていた役割こそ、まさにアップルのエバンジェリストだったといえるでしょう。
個別にデモンストレーションを展開
営業担当者やカスタマーサクセス等と共同で、商談先・顧客企業向けに個別のセミナーやレクチャー会を開き、自社製品・サービスのデモンストレーションを展開することもあります。商品の世界観から得られる効果等、営業・技術とタッグを組んで、製品・サービスの導入や展開を行なうのもエバンジェリストの仕事です。
インナーマーケティング(社内向けに行なう啓蒙活動)
新製品を発売したり新サービスを開始したりする際には、顧客だけではなく、社内の営業・広報・カスタマーサービス担当者等に向けた「インナーマーケティング」、つまり社内向けの啓蒙活動を実施することもあります。
これも製品の機能やスペックだけでなく、ブランド全体のイメージや新製品・サービスの価値等、幅広い知識を周知することが目的です。
自社製品やサービスの研究
プレゼンテーションやデモンストレーション、インナーマーケティングを行なうためには自社の製品・サービスに関する研究も欠かせません。
技術的なことはもちろん、なぜこの製品・サービスが必要とされているのか、何が実現するのか、ユーザー目線で感じられる製品・サービスの良さはどのようなところにあるのか、また、魅力を伝えるためにはどのような言葉を使えば良いのか等、自社の取り扱う製品・サービスをさまざまな角度から研究します。
自社製品やサービスに関連した最新技術に関する情報収集
エバンジェリストは自社の情報だけでなく、業界の最新情報を常にフォローしておく必要があります。従って、ニュースのキャッチアップはもちろん、社外のイベントや勉強会等に参加して最新技術を学ぶことも、エバンジェリストの重要な職務です。特に変化の目まぐるしいIT業界においては、日々貪欲な学びが求められるでしょう。
エバンジェリストが求められる背景
エバンジェリストは、なぜ企業にとって必要なのでしょうか。背景には、ITテクノロジーやプロダクトの高度化・複雑化があります。
IT業界全体が目まぐるしく進化・変化し続けている中で、多くの人にとって、最新のIT技術やプロダクトの仕様をすべて理解することは難しくなっています。IT業界の外にいる人はもちろん、業界の中にいる人にとっても、業界全体の最新情報をすべてキャッチし、理解することは困難だとすらいえるかもしれません。
また、どうしても技術やスペックが先行してしまいがちな傾向がある中で、その技術やプロダクトにどんな価値があるか、どんな可能性があるか、一般の人が理解することが難しい傾向もあります。
その中で、高度で複雑な情報を、多くの人に向けてわかりやすく提供するポジションとして、エバンジェリストが求められています。
先述のとおりエバンジェリストは、自社製品のPRだけでなく、中立的な立ち位置でユーザーの役に立つ情報を提供し、自社製品に限らず優れた製品を提案し、技術やトレンドに関する啓蒙も行ないます。
エバンジェリストの仕事は、一見売上に結びつかない、無駄もあるように思えるかもしれません。しかし、エバンジェリストの活動は、自社製品を受け入れてもらうための土壌、つまり未来の市場を育てるうえで大きな役割を担っています。
例えば、エバンジェリストは、技術の高さや機能の豊富さ以上に、製品やサービスを使うこと、組み合わせることによって、どのような未来が待っているのか、どのような幸せが得られるのかを語ります。
これによって、製品やサービスの素晴らしさや使うことのメリットが多くの人に明確に伝わり、新しいものを使ってみようという空気が生まれて、市場が広がっていくのです。
エバンジェリストの導入事例
最後に、エバンジェリストのポジションを設けている企業や、エバンジェリストの考え方を人材育成に導入している事例をご紹介します。
日本マイクロソフト
日本マイクロソフトはIT業界の雄であり、日本にエバンジェリストという職種を知らしめた会社です。そんな日本マイクロソフトのエバンジェリストであり、日本のエバンジェリストの中でも特に有名なのが、西脇資哲氏です。西脇氏は「顧客視点」と「製品への愛着と自信」をモットーに、聴き手を惹き付けて動かすプレゼンテーションを展開しています。
マイクロソフトが手掛ける製品・サービスは、いまや多くの競合が存在する分野です。その中で、西脇氏は「会場の観客との一体感を高めるプレゼンテーション」を行なうことで、マイクロソフトの製品・サービスが作り出す世界観や導入のメリットを広く顧客に伝えることに貢献しています。
日本ユニシス株式会社
日本ユニシス株式会社では、自社のエンジニアをエンジニアとしてだけでなく、エバンジェリストとして育成する取り組みを進めています。
日本ユニシスが得意とするシステム分野において、技術力、それによって実現できるソリューションは重要な差別化要素です。しかし、これまで日本ユニシス社では、社外だけでなく社内に向けての情報発信も不足していたといいます。
そのため、顧客がビジネスに新技術を活用しようとしても日本ユニシスの存在が思い浮かばない、また声をかけていただいたとしても、社内での情報共有ができていないために営業が提案のきっかけを作れないといった課題があったのです。
こうした機会損失をなくし、エンジニアをエバンジェリストとして育成し、社内外に自社の技術をアピールするための取り組みです。エバンジェリスト育成の取り組みは、自社の技術力を広く啓蒙するだけでなく、普段は裏方としての仕事が多いエンジニアに世間の注目を集めさせることで、エンジニアのモチベーションを向上させることも目指しています。
日本ヒューレット・パッカード株式会社
日本ヒューレット・パッカードでは、新入社員に向けて「エバンジェリスト・プログラム」という教育プログラムを実施しています。このプログラムは、自社の製品等を一般向けにわかりやすく伝えるためのプレゼンテーションの手法はもちろん、プレゼンテーションの際の服装選びやイメージの作り方まで、幅広い知識を習得できるものです。
エバンジェリスト・プログラムでは、まず自分に合うパーソナルカラーを学び、髪型やスーツ、ネクタイ、靴にいたるまでを、アドバイスに基づいて選び直します。そして、話の進め方やシナリオの作り方等のプレゼンテーション手法を学び、資料に印象深いフレーズを載せるためのキャッチコピートレーニングも行ないます。
「自社製品・サービスをわかりやすく顧客に伝える」ことをエバンジェリストという職種だけが行なうのではなく、全社員が行なえるようにするという発想での取り組みです。入社時にこうした教育を受けることで、プレゼンテーションや伝え方のスキルも高まるでしょうし、自社の製品やブランドの魅力を深く理解して、改めてモチベーションアップも図られるでしょう。
まとめ
エバンジェリストには、もともと「伝道者」という意味があります。エバンジェリストは、最新のIT技術やプロダクトを広く啓蒙して市場に働きかけ、自社の製品やサービスを受け入れてもらえる環境を作るという仕事です。
たとえ、そのような人材を採用するのが難しい場合でも、顧客にとっての価値、作り出される世界観といった視点から製品・サービスを語るエバンジェリスト的な考え方や、プレゼンテーションのスキルを持った人材を社内で育成する取り組みは非常に効果的です。