アンガーマネジメントは、パワハラ防止や組織風土の改革といったことを背景に、最近の若者の価値観に合わせた人材育成の手段としても、注目を集めているスキルです。アンガーマネジメントの概要や必要性、明日から実践できるアンガーマネジメントのポイントを解説します。
<目次>
アンガーマネジメントとは?
アンガーマネジメントは、名称の通り、「anger(怒り)をmanagement(管理する)」という意味で、「怒りや苛立ち等の感情と向き合ってうまくコントロールして、適切な問題解決や円滑なコミュニケーションに繋げる」スキルの総称です。
アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで提唱された技術です。もともとはアンガーコントロールと呼ばれていましたが、その後、怒りをコントロールするのではなく、うまく付き合う・管理するという意味合いで、アンガーマネジメントと呼ばれるようになりました。
心理学における「怒り」の意味、役割とは?
アンガーマネジメントを実践するためには、マネジメントの対象となる“怒り”という感情への理解を深めることが有効です。
アンガーマネジメントでは、“怒り”を「二次感情」と表現します。“怒り”という二次感情は、「一次感情」によって引き起こされる、「自分を守るための感情」です。
では、一次感情とは何でしょうか。一次感情は一般的に“ネガティブな気持ち”と言われるよう以下のような感情です。
- 不安
- 辛さ
- 恐怖
- 悲しみ
- 寂しさ
- 疲労
- 心配
- 後悔
- 苦しさ
- 虚しさ
さまざまな外部要因がある中で、人間がこうした感情を抱くことは自然なことです。そして、ネガティブな気持ちを感じることはストレスが生じます。ストレスが蓄積され、コップから水が溢れるように許容範囲を超えると、二次感情である“怒り”が引き起こされます。
“怒り”とは、一次感情によるストレスや混沌とした想いの発散、要望や欲求の表現、防衛反応となるのです。これを知っておくことが、アンガーマネジメントを実践するうえでは大切です。
アンガーマネジメントの必要性
“怒り”の感情が生じること自体は必ずしも悪いわけではありません。先ほど紹介したように“怒り”は、ネガティブな一次感情を処理するための「心の防衛反応」なのです。
しかし、組織内でのコミュニケーションやビジネスシーンでは、お互いの価値観や立場が違う中で、成長や課題解決に向けて一緒に話し合う姿勢が求められます。従って、“怒り”をうまくマネジメントして、コミュニケーションをスムーズに運ぶことができないと、ビジネスを進めるうえでの協議や周囲との協働が難しくなってしまいます。
また、“怒り”に、「上司」や「発注元」等の“ポジションパワー(立場)”が加わるとパワハラにもなりかねません。
とくに昨今では、
・社会がパワハラやセクハラをはじめとする“ハラスメント”に敏感になっている
・若者の価値観が“厳しく叱って育ててくれる”上司を好まない方向に変わっている
という状況があります。
従って、“怒り”をうまくマネジメントしてコミュニケーションを取ることができないと、あまり良い結果になりません。
逆に、組織内にアンガーマネジメントを取り入れると、理性的なコミュニケーションが可能となり、伝えたいことを丁寧かつ明確に話したり、相手の状況や気持ちを受け入れて改善策を考えたりすることができるようになります。お客様からの要望やクレーム対応等にも役立つことでしょう。
ですから、アンガーマネジメントを人材教育、とくにマネジメント層や顧客接点を持つ職種に取り入れることは、組織風土の改革と業績向上に繋がっていくでしょう。
アンガーマネジメントの効果性と身に付けるメリット
アンガーマネジメントを身に付けることで、個人と組織が得られるメリットを簡潔にまとめておきます。
個人がアンガーマネジメントを身に付けることのメリット
・心身の健康を保ちやすくなる
強い“怒り”を持続させていると、人の体内ではノルアドレナリンの分泌量が増え、交感神経が優位になる状態が続きます。そうすると、心身と精神面に以下のような影響が出てきます。
- 身体面:心疾患、高血圧、過敏性腸症候群 等
- 精神面:覚醒や興奮(プラス作用)、恐怖や不安(マイナス作用)
・パフォーマンスを安定させやすくなる
“怒り”によって起きる心身の不調は、仕事のモチベーションや作業スピードを低下させます。アンガーマネジメントによってネガティブな気持ちのコントロールができると、持っている能力を安定的に発揮することができ、計画的な作業や生産性の向上が見込めます。
・人間関係の悪化を防ぎやすくなる
“怒り”の感情を放置すると、チームメンバーや部下、お客様対応等で支障をきたすことになります。例えば、“怒り”を伴った強い口調での指示等を続けていると、部下との信頼関係が壊れたり、チームメンバーが萎縮したり、時にはパワハラに発展することもあるでしょう。
マネジメント層や上司、また感情労働に従事する人は、とりわけアンガーマネジメントを身に付けることが大切です。
・自身の素直な感情を表に出せるようになる
後ほどご紹介しますが、アンガーマネジメントを実践するうえでは、一次感情に意識的になることが一つのポイントです。感情を自覚して素直に表現できるようになると、内省が促されやすくなり、自己成長に繋がります。
組織内でアンガーマネジメントが浸透することのメリット
アンガーマネジメントが浸透することで得られる組織のメリットは、以下のものがあります。
・パワーハラスメントが生じにくくなる
昨今、問題となりやすいパワーハラスメント(パワハラ)を解決するには、コンプライアンスの観点だけで研修を行なっても片手落ちです。
なぜなら、パワハラをする上司の多くは、“怒り”の感情をマネジメントできていないからです。従って、パワハラをしてはいけないという自覚と同時に、アンガーマネジメントのスキルを身に付けることが有効です。
近年では、多様な人材を採用するダイバーシティーの動きも活発化しています。多様な人材、多様な価値観の存在は、視点を多様化して優れた意思決定をするうえで有効です。
一方で、マネジメントする層にストレスが生じやすいことも事実であり、アンガーマネジメントによって、自分以外の価値観を受け入れる度量を身に付ける必要があるでしょう。
・人材育成がしやすくなる
アンガーマネジメントにより、社内のコミュニケーションが良好となり、社員の抱えるストレスが軽減されると、“心の余裕”を持ちやすくなります。心の余裕は、新たな価値観やスキル、学びを吸収する効果をもたらし、人材育成にもプラスの効果をもたらします。
アンガーマネジメントを明日から実践できるようになる方法
アンガーマネジメントには、以下のようにさまざまな実践方法があります。
一次感情を自覚する
前述した通り、“怒り”というのは他のネガティブな感情とストレスから身を守るための防衛反応です。
従って、“怒り”を感じた時には、その裏に一次感情と、一次感情をもたらした原因があります。怒りを感じた時には、一時停止して、「自分がなぜ怒っているのか」「外部のどんな刺激があったのか」「自分のどんな価値観が反応したのか」を考えてみましょう。
イライラしたら6秒数える
“怒り”の制御が難しい原因は、分泌されるアドレナリンによるものが大きいとされます。そして、“怒り”によって分泌したアドレナリンには、「6秒で体内をめぐりピークに達して、すぐに減少する」と言われています。つまり、“怒り”は継続しないのです。
従って、アンガーマネジメントでは、“怒り”を感じたら、「6つカウントする」ことを勧めています。これにより、アドレナリンがめぐる6秒を乗り切れるようになります。先ほど紹介した一次感情を考えるプロセスも、6秒をやり過ごすのに有効でしょう。
怒りにスコアをつける
自分がいま感じている“怒り”に点数をつける方法もあります。いつもの平穏な状態を「0」、人生最大の怒りを「10」に設定します。そして、いま感じた怒りに、「4」や「6」といった評価をつけていくのです。
評価して点数をつけるプロセスで、自分の感情に対する客観性が高まり、冷静に戻ることができますし、同時にアドレナリンがめぐる6秒を乗り切る効果もあるでしょう。
「べき思考」を手放す
日常生活の中で、“怒り”は自分の中にある「こうあるべき」や「こうすべき」という価値観が破られた時に生じやすい傾向にあります。
自分がどんな「あるべき」という思考を持っているかに自覚的になり、それが“自分自身の価値観”であることを認めましょう。それによって、冷静になれると同時に、許容範囲を広げることができるでしょう。
自分が影響できることに力を注ぐ
アンガーマネジメントを実践するうえでは、「自分の力でコントロールできないことには、エネルギーを使わない」という習慣も大切です。
例えば、事故によって通勤電車が遅れた場合、電車の遅れに腹を立てても、残念ながら個人ではどうすることもできません。従って、極端に書けば“怒るだけエネルギーの無駄”です。
この考え方を意識すると、不必要な場面での“怒り”が生じにくくなり、自分が影響できることに効率よくエネルギーを使えるようになります。
切り替え、割り切り、受け流しの癖をつける
切り替えや割り切り、受け流し等も、アンガーマネジメントのスキルです。
例えば、「仕事中に上司にイライラしている感情に気付いた場合、仕事帰りのショッピング等の楽しいことを想像し、一時的に気分を切り替えてみる」といった具合です。切り替えのスキルは、“怒り”の感情を忘れることに繋がりますし、アドレナリンのピークタイム、6秒を乗り切ることにも繋がります。
また、周囲の人や事業にイライラして改善したい場合、自分の意見や想いを伝えても改まらないとしたら、それを考え続けて“怒り”の感情を生じさせても、自分だけが心身やパフォーマンスにネガティブな影響を受けることになります。
状況を変えるための働き方を続けるかは別の問題として、変えられないこと自体に対しては、割り切る・受け流す等、自分のエネルギーを消耗しないように心がけることも必要です。
まとめ
“怒り”は私たちの視界を狭め、コミュニケーションを妨げ、時には人間関係を壊してしまいます。当然、ビジネスもうまくいかなくなりますし、“怒り”にポジションパワー(立場)等が加わると、パワハラ等で問題になってしまうこともあるでしょう。
従って、“怒り”がビジネスやコミュニケーションに悪影響を及ぼさないようにコントロールするアンガーマネジメントのスキルは、非常に重要です。とくに管理職やマネジメントに携わる方、また接客や感情労働に従事する方には必須と言えるかもしれません。
心理学的に“怒り”の本質を知り、また、アンガーマネジメントのスキルを知ることで、“怒り”の炎で自分を焼いてしまわないようにできます。アンガーマネジメントは研修でしっかり学ぶことも効果的ですが、明日からでも実践できるノウハウもいくつかあります。
アンガーマネジメントに関心がある方は、記事で紹介した実践ノウハウの中から、気軽に始められそうなものにぜひ挑戦してみてください。