OJTの目的は、仕事の現場で、より実務的な教育をおこなうことです。実際の現場にはさまざまなシチューエーションがあり、すべてをマニュアル化することはできません。また、OJTは、作成されたマニュアルだけですべてを伝えられるものではありません。
しかし、OJTマニュアルの作成と運用は、仕事の全体像や基本的な手順を言語化することで、学習者の予習や復習により成長スピードを加速させたり、マニュアルがあることで自立を加速させたりすることができます。
また、OJT指導者の負担も軽減できますし、マニュアルの作成と更新を通じて、仕事内容の棚卸しと標準化にも繋がる等、マニュアル作成のメリットは多く、作成の意義は多くあります。記事では、OJTマニュアル作成のポイントや盛り込むべき項目を詳しく解説していきます。OJTの効率化にお役立てください。
<目次>
- OJTのマニュアル作成のポイント
- 学習者向けのOJT全体マニュアルの項目サンプルと作成のポイント
- 学習者向けのOJT個別マニュアルの項目サンプルと作成のポイント
- 指導者向けのOJTマニュアルの項目サンプルと作成のポイント
- まとめ
OJTのマニュアル作成のポイント
OJTをおこなうときには、以下2つのマニュアルを作る必要があります。
- OJT学習向けのマニュアル
- OJT指導者のためのマニュアル(OJTを設計するためのマニュアル)
より詳細に作成すべきものは、OJT受講者向けの実務マニュアルです。冒頭に記載した通り、学習者の成長スピードUPやOJT指導者の負荷軽減、仕事の標準化に繋がります。
また、対象者も新卒だけではなく、中途入社、異動者向けにも活用できますし、仕事が定型化、標準化されてマニュアルになることで、社員のマルチタスク対応が進み、繁忙期の業務吸収等もスムーズにおこなうことができます。マニュアル作成のポイントを押さえたうえで、マニュアル化を進めていきましょう。
学習者向けのOJT全体マニュアルの項目サンプルと作成のポイント
学習者向けのOJTマニュアルには、OJTの全体像や受講の心構えを記載した全体マニュアルと個別の実務内容を記載した個別マニュアルに区分できます。この章では、全体マニュアルの項目サンプルや作成のポイントを紹介していきます。
全体マニュアルは、現場でOJT研修を受けるにあたって、事前に頭に入れておいて欲しい理念や基礎知識等の内容を盛り込んだものです。マニュアルを通して、その企業で働くうえでの心構え等が分かると、企業理念に基づく指導者の説明や考え方等も理解しやすくなります。
また、業務の全体像や社内や業務の中でよく使われる業界用語や社内用語、略語等も記載されていると良いでしょう。いわば、全体マニュアルはいわばOff-JTとOJTを橋渡しするような内容となります。
基本的な記載項目
全体マニュアルには、以下のような基本的な内容を記載するのが一般的です。
<記載項目のサンプル>
- 企業理念
- 業務の全体像
- 業務に関する組織体系や指揮命令系統
- 業務に関する社内ルールやコンプライアンス上の注意点
- 業務で求められる基本的なビジネスマナー
- 業務で求められる働き方や主体性
- 業務に関する用語や略語
- 業務に必要なIT知識
- OJTにおける受講姿勢
「企業理念」は、社員一人ひとりがその企業でどういう行動を求められているかを把握するうえで非常に大事な項目ですので、マニュアルの冒頭に入れるようにしましょう。
次に入れるべきは、「業務の全体像」です。配属先のミッションを達成できる人材になるためには、その部署やチームが具体的にどんな業務をおこなっているか理解しておく必要があります。加えて、いくつかの部署やチームで分担して仕事を進めている場合は、組織内でどういう役割をしているか、誰に判断を仰げばいいかという「組織体系や指揮命令系統」の記載をしておきましょう。
最も重要な3点を盛り込んだら、後は全体的に業務に関わってくる「業務に関する社内ルールやコンプライアンス上の注意点」「業務で求められる基本的なビジネスマナー」「業務で求められる働き方や主体性」「業務に関する用語や略語」「業務に必要なIT知識」等を網羅しましょう。
基本的なコンプライアンスやビジネスマナー、IT知識等は、Off-JTで教わることも多いでしょうが、新人集合研修の場合、あくまでも一般的な教育に留まります。そのため、業務ならではのビジネスマナーや電話応対のポイント、必要なコンプライアンスやIT知識等はマニュアルに盛り込んでおくのが理想です。
教わる側のマインドセット
OJTを効率的に進めるためには、教育を受ける側の心構えや姿勢を伝えておくことも必要です。受講者には、以下のポイントを伝えるようにしましょう。
- 謙虚な姿勢で教わる
- メモをとる
- 分からないことはすぐに聞く
- 報連相を欠かさない
- まずやってみる
例えば、仕事中に必ずメモをとる習慣をつけてもらえば、同じことを何度も説明する手間が省けます。また、受講者自身もメモを見て復習できるため、仕事を早く覚えやすくなるのです。
また、現場でOJTをおこなう際には、新人が作業することで生じるミスやリスクも防がなければなりません。分からないことや困ったことをすぐに伝える報連相(報告・連絡・相談)も、OJTマニュアルに入れておくべき項目といえます。
学習者向けのOJT個別マニュアルの項目サンプルと作成のポイント
学習者向けOJT個別マニュアルは、新人が各部署に配属された後におこなう一つひとつの実務を解説するマニュアルです。この章では、個別マニュアル作成の目的や作成時のポイント、項目サンプルを紹介していきます。
学習者向けOJT個別マニュアルを作成する目的
OJTで使う実務マニュアルは、「マニュアルを見ることで、うまくやるためのポイントや押さえておくべき点を把握しながら、実務を進められる」ようにすることが最大の目的です。
従って、
・覚える実務ごとにマニュアルを作成する
(全体マニュアルの“業務の全体像”から参照できるようにすることがおすすめです)
・実際の手順に従って、具体的に、分かりやすく記載する
ことが作成のポイントになります。
学習者向けOJT個別マニュアルの種類
前の章で記載した通り、個別マニュアルは、「新人が各部署に配属された後におこなう一つひとつの実務」を解説したものです。従って、作るべき個別マニュアルをリストアップすること自体が一種、仕事の棚卸しになります。
当然、個別マニュアルの種類は配属部署や携わる担当業務によっても変わってきます。例えば小売店の店頭販売員向けにOJT個別マニュアルを作る場合、以下のような個別マニュアルが必要となるでしょう。
<記載項目の例>
- 取り扱い商品の知識
- 会員登録の方法
- 店頭販売の流れ
- 店頭での接客
- クレーム対応
- 精算業務
- 月次・週次の集計業務
- 安全衛生
当然、かなりのボリュームとなりますので、いきなりすべてを作ろうとするのではなく、実際に任せていく仕事、頻度が多い仕事から順次作成していくのがおすすめです。
学習者向けOJTマニュアルの作り方
項目が決まったら、以下の流れで実務マニュアルの中身を作っていきます。
・業務の目的
・業務のゴール
・業務の全体像
・1つ1つの手順
くどいようですが、マニュアルを作る際には、必ず目的、ゴール、全体像を冒頭に記載することが重要です。悪い意味での“マニュアル人間”、書いてあることを考えずに実行するだけの社員を作らないためにも、何のためにするのか、何を実現できればいいのか、全体の流れが必須項目です。
そのうえで1つ1つの手順の説明に入るわけですが、個別マニュアルで重要なことは、「誰でも理解できるマニュアルにする」ことです。はじめは簡易的に作成しても良いですが、徐々に、
・初心者が知らない言葉には解説を入れる・画面キャプチャや写真等を入れて、迷わず操作できるようにする
ことが重要です。
マニュアルを作ったら、実務を知らない新人や他部署の社員等に見てもらって、「このマニュアルで、実務ができるか?」「分からない単語や操作がないか?」聞いてみると良いでしょう。
指導者向けのOJTマニュアルの項目サンプルと作成のポイント
指導者向けのOJTマニュアルは、OJT指導者の負担を減らすと同時に、OJTの品質を高いレベルで安定させるためのものです。OJT研修の全体像や位置づけ、実施計画の作り方や指導のポイント等を記載する必要があります。以下から一つずつ解説していきます。
OJT研修の全体像、位置づけと目的
実務的教育をおこなううえでまず重要となるのは、「OJTでは何をどのように教えればいいのか?」という指導者の疑問を解消し、OJT研修の全体像を把握させることです。以下のマニュアル項目を通して、OJTにおいて「指導者は何を求められているのか?」をきちんと理解させましょう。
<記載項目の例>
- 自社におけるOJTの目的と位置づけ
- OJTとOff-JTの違い、役割分担
- OJTのゴール
- OJT指導者への期待事項と役割
- 人事やOJT指導者の上司との役割分担、得られるサポート
- Off-JT期間に学習していること
- OJT実施計画の作り方
指導者向けのOJTマニュアルは、自社で定める教育方針や方法等を共有するだけでなく、長期間のOJT教育で生じやすい指導者側の迷いや不安を解消する役割もあります。OJT指導者が迷ったときに立ち返られる羅針盤のような位置づけです。
OJTの実施計画の作り方
OJT指導者に対する全体的な注意事項や指導方法を明記したうえで、以下の項目を通じて、具体的なOJT計画を策定する作業に入っていきます。OJT計画の作成は、作成するプロセス自体がOJT指導者への教育効果を持ちます。
ただし、負担もかかりますので、どこまでマニュアルに盛り込んでしまい、どこまでをOJT指導者自身に作らせる(ひな形やフォーマットで埋めていく)かは、各社の判断です。
<記載項目の例>
- 詳細ゴールの設定
- ゴールを達成するうえで必要なスキルの一覧
- 期待するスキルレベルの設定
- 最も重点的に指導すべき項目
- スキルを学んでいく順番
- 各スキルを身に付けるために必要なプロセスやハードル
- OJT期間でモチベーションダウンしやすい状況と対策
- OJT期間中にアドバイスや支援を求める相手
詳細ゴールや身に付けるスキルの一覧、スキルを学んでいく順番等、ゴールや全体像は、学習者とOJT指導者の目指す方向性を一致させる意味でも、非常に重要な項目です。また、OJT指導者の悩みを少なくするためにも、各スキルの指導プロセスや学習者のモチベーションダウンの想定、アドバイスや支援を求める相手を決めておくことが有効です。
OJTを実施する前の準備
OJTの実施では、現場がスムーズに受け入れるために、当日までに受け入れ準備を済ませておく必要があります。例えば、多くの場合にノートパソコンやメールアドレスは必須でしょう。また、業務によっては、ITツールのアカウントや社用電話等の貸与、アプローチ先のリスト等も必要です。
基本的なものは、入社時に人事部門で用意されているでしょうが、部門独自で準備が必要なものがあれば、リストアップして準備しておきましょう。また、配属当日に良いスタートを切るために、指導者を含めたチームメンバーとのスケジュール調整も必要となるでしょう。
<記載項目の例>
- 必要な機器、ツール
- 受け入れ当日までにやること
- 当日のフローや対応方法
OJTの進め方
OJTの進め方では、教育中に意識したいポイントを記載しておく必要もあります。
<記載項目の例>
- 相手のタイプに応じた指導方法のポイント
- 理解状況や進捗の確認方法
- 指導計画の進捗確認と軌道修正の方法
OJTによる成果を確実なものとするためには、学習者の理解や進捗に応じて、計画を進めていく必要があります。また、相手のコミュニケーション対応に応じて、指導方法をアレンジしていくことも効果性を高めます。
学習者のレベルや能力に応じて、進捗がばらついてきますので、理解状況の確認方法(テストやロールプレイング等チェックポイントの作り方)、計画通りに進まない場合の軌道修正、問題が起こったときの対処方法等の項目も、マニュアルに記載しておくのが理想的でしょう。
OJTの現場における指導方法
実際の現場においては、以下の4ステップからなる「4段階職業指導法」を使ってOJT教育を進めるのが効果的です。4段階職業指導法は、第一次世界大戦中にアメリカで生まれたOJTのルーツともいえる指導法です。
<4段階職業指導法>
Step1:Show(やってみせる)
Step2:Tell(説明する)
Step3:Do(やらせてみる)
Step4:Check(フィードバックと修正)
最初に指導者がお手本を見せることで、言葉やマニュアルの説明だけではイメージしにくい仕事内容を受講者の記憶に残せる利点があります。そのうえで、やらせた後にすぐフィードバックすることで、学習スピードを早めていきます。
個別のOJTマニュアルがあると、Step1~4までを、
Step1:事前にマニュアルを読んだうえで、やってみせることで理解が深まるStep2:説明を「重要な点や間違いやすい点」に絞ることで、記憶に留めやすくする
Step3:マニュアルを参照しながらやらせてみることで、不安を解除して成功率を高める
Step4:学習者本人がマニュアルと照らし合わせて、セルフチェックできるようにする
といった形で、より効果的に実施することが可能になります。
OJTのフォローアップ方法
OJT研修で戦力化を促すためには、教育を「やりっ放し」にせず、実践した内容を振り返り、悩みを解決するフォローアップが重要です。マニュアルの中では、習熟度や悩みの確認、プログラムの修正・変更に関わる以下のような項目を記載しておくと有効です。
<記載項目の例>
- スキル習熟度のチェック
- 習熟度に応じたOJTプログラムの計画を再検討
- 定期的な面談の実施方法
OJTにおけるフォローアップには、新入社員の離職を防ぐ目的もあります。厚生労働省の「新規学卒者の離職状況」によると、大学卒の新入社員は入社3年で約3割が退職しています。
また、じつは“3年で3割”というのは、大手から中小企業までを平均した数値です。規模別に3年退職率を見ると、30~99人の中小企業では40%弱、5~29人の小企業では50%前後にもなります。
こうしたデータを知ると、OJTでただ実務を教えるだけでなく、フォローアップを通して、学習者をケアすることの重要性もイメージしやすくなります。現場担当者におけるOJTがうまくいくと、新人の戦力化が促進されるだけでなく、定着率のアップによって人事担当者の負担や採用コストの問題も解消できるようになります。それにより、人事担当者もより優秀な人材の採用に舵を切ることも可能になるでしょう。
まとめ
紹介した項目を使って受講者・指導者それぞれのOJTマニュアルを作成すると、新人の戦力化スピードを早めることができます。また、OJTマニュアルの作成と運用を通じて、仕事の定型化や標準化を進められると、業務の切り出し、社員のマルチタスク化等も進みやすくなり、企業の生産性向上にも繋がります。
自社のOJTを強化したいとお考えであれば、ぜひ記事を参考にOJTマニュアルを作成してみてください。記事では、理想的なマニュアル項目を紹介しています。
記事の内容も流用していただきながら、まずは必要最小限から始めて、毎年ブラッシュアップしていくことで、3年ほどかけて、自社のOJTマニュアルを完成させましょう。なお、以下では、OJTも含めた新人教育の計画作りのフォーマットを提供しています。新人・中途を問わず、参考にできますので、ぜひダウンロードしてください。